「悩む力」 雑考その1

≪悩む力―姜尚中が読む夏目漱石≫の一部を講義で使っている。
もともと竹内洋の『立身出世主義―近代日本のロマンと欲望』を解説する際に夏目漱石の『三四郎 (岩波文庫)』をひきあいに出していたのだが、そもそも小説『三四郎』を読んでいる大学生が昨今殆んど居ないものだから、軽く作品紹介も兼ねて、というつもりだった。けれども、使ううちに≪悩む力≫という作品そのものが、充分研究対象にもなることに気づいた。
2008年5月刊行の『悩む力』はわずか半年で50万部を売ったという。11月にはNHKの「知るを楽しむ」と「ETV特集」とで放送された。著者の姜尚中は、今日の日本における人気学者―といった存在があるとすれば―の1人と言っていい。最近では教育TVの「日曜美術館」の司会もつとめている。私の周囲にはファンが少なくない。これを使えば学生も漱石に多少関心を持ってくれるかも、との目論見も私にはあった。
ところが、学生の反応はおおかた「?」といったものだった。姜氏は、若者達がともすると「悩む=ダサい」などと捉える現状を憂い、「悩む力」の必要を強く訴える。しかし実際のところ、2008〜9年の大学生達の多くは、「ダサい」どころか、素朴に「よくわからない」との感想をもらした。彼らは決して煩悶や努力を「ダサい」と嗤うわけではない。≪悩む力≫シリーズ4回目のタイトルは「あなたは真面目ですか?」だが、若者達は決して「不真面目」なわけでもない。ごく真面目に番組を視聴したものの、「どうもぴんとこない」のだと言う。「悩めと言われても、何を悩んでいいのか、悩む」という感想もあった。彼らの素朴な疑問に共通するのは「悩んで、それで一体どうなるのでしょうか」というものだった。「困難が無いわけではないが、うめいて過ごすより笑って過ごすほうがよいのではないか」といったポジティヴ?な意見もあった。
この、「熱いファン」と「ドライな読者」という、ふたつの態度は、Amazonのレヴューの評価分布にも如実に表われている。2009年11月14日現在、カスタマーレヴュー全94件中、☆5つが29件、4つが27件、3つが13件、2つが6件、そして☆1つが19件。ほぼ凹型だ。☆1つのレヴューは積極的批判が多い。多くの学生たちのように、「ぴんと来ない」「よくわからない」などという場合、一般的にわざわざ書き込むことはないわけだから、潜在的☆1つ以下の評価はもっと多く見積もってもよいだろう。このベストセラーの読者たちは、どうやら、内容に共感するものとできないものに、ほぼ二分されるのではないだろうか。(「雑考その2」へつづく)

悩む力 (集英社新書 444C)

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