歴史に学ぶ(1)

風知草:ビデオ騒ぎの教訓 毎日新聞2010.11.08.(月)

日本のビデオ(再生・録画装置)普及率は、89年に一般家庭の6割を超えた。今は光ディスクが主役だが、DVDビデオなどのプレーヤー・レコーダーは70%、パソコンは75%、ビデオカメラも40%の家庭にそなわっている(本年3月の内閣府・消費動向調査)。
この現実から、尖閣ビデオの公開制限を批判した佐藤卓己京都大准教授(メディア論)の文章(読売新聞5日朝刊)をおもしろく読んだ。
ビデオが急速に普及した80年代、テレビの「やらせ」が社会問題化した。日本人はそのころから映像記録に対する加工、編集に敏感だったと指摘したうえで佐藤は書く。
「……こうした高い映像リテラシー(読み解く力)を持った社会において、安全保障に関(かか)わる重大映像を『編集版』で『限定的』に公開しただけで済むと政府は本当に思っているのだろうか……」
この論考はビデオ流出の初報と同時に掲載されたが、佐藤が読売に原稿を送ったのは10月30日だ。書き足りなかったろうと察して電話を入れると、こんな答えが返ってきた。
東郷平八郎の高陞(こうしょう)号事件を思い出しましたよ」
高陞号事件は日清戦争のエピソードである。1894(明治27)年、巡洋艦「浪速(なにわ)」の艦長だった東郷は、清国兵を満載して朝鮮沖を航行中の英商船・高陞号を撃沈した。
当初、英国世論は反日で沸いたが、日本側の情報開示や、救助された英国人船長の証言などから、高陞号が、清国兵の威圧により「浪速」の停船命令を無視したことが判明。
「浪速」が、2時間半の説得の末、国際法に従い、予告信号を出したうえで砲撃していたこともわかり、東郷は国際的に面目を施し、それが後の出世の糸口にもなった−−。
「事態が発生してしまった以上は、積極的に情報開示し、徹底的に検証し、内外の理解を得ていくという態度が大事なんじゃないでしょうか」
ビデオのネット流出まで見届けた佐藤の感想だ。