BAD TASTE

ヒトラーの呪縛

ヒトラーの呪縛

(注意:以下映画のネタばれ含む。)
 映画≪プロデューサーズ≫の圧巻は、なんといっても劇中劇の≪Springtime for Hitler≫。
 ひょんな経緯から「最低の舞台」を目論む主人公のプロデューサー達が、最悪の脚本、演出家を揃え、満を持しておくる大顰蹙のミュージカルだ。
 案の定、幕が上がるや、良識ある紳士淑女の観客は皆眉を顰め早々に席を立ち始める。その中の女性のひとりが、舞台を振り返って吐き捨てるように口にするのが‘bad taste!’「悪趣味!」の語だ。 
 ネットで眺める限り、この映画に対する日本人の評は大きく賛否が割れている。さもありなん。作品の核心とも言うべきこのbad taste感覚が、今日の日本人にはそれほどぴんと来ないのではなかろうか。しかしそれでは、当然のことながら、この映画の面白さは半減してしまう。TVのバラエティでしばしば目にするような、脳天気なかぶりもの系のお笑いにミリタリーをまぶした程度と思ったら、大間違いなのです。
 確かに、この映画は小ネタから大ネタまで笑いどころ満載だから、単なるドタバタとしてもそれなりに楽しめるかもしれない。ゲイや高齢婦人へのたかりの手口などは、ある種普遍的なネタと言えるだろう。しかし随所に散りばめられた名作のパロディや、いわずとしれたドイツ語訛をはじめ、イタリア、フランス、スウェーデンアイルランド訛など、移民社会アメリカにおける様々なステレオタイプを厭!と言うほど誇張してみせる人物造形は、日本人にはややわかりづらいツボであろうし、その中でも最大の可笑しみのツボが、この究極のドイツ的bad taste感覚なのだ。
 1968年のオリジナルは「アメリカでは公開当時、直接的な表現から公開された映画館は数少なかった」という(Wikipedia)が、ここで言う「直接的な表現」とは、すなわちリスペクタブルな紳士淑女なら神経にさわる、いや激しい嫌悪感を催すに違いない「最低最悪」さ加減、強烈なbad tasteぶりにほかならない。1968年版には舞台の余りの「悪趣味」ぶりに静まり返る客席で、うっかり拍手をしてしまうKYな男を、周囲の客たちがよってたかって打ち据えるシーンまである。
 そんな最低最悪のbad tasteを一転「お笑い」に相対化してみせる妙が、2001年から2007年におよぶ公演2502回というロングラン、トニー賞12部門受賞という快挙を導いたと言って間違いない。

 さて、
 それにしても、これほどインパクトの強いbad tasteに該当するもの、ネオナチに匹敵するもの、といえば、日本ではやはり右翼、ということになるのだろうか。考えにくいが、あえて無理にイメージしてみるなら、1968年の日本で顰蹙作品を作ろうとするプロデューサーのコメディ、ということになる。劇中劇≪東條英機の春≫では、日の丸がはためく中、キモノの美女たちが乱舞し、軍服姿のダンサーが「天皇陛下万歳」フレーズを連発し、超美形の将校が「大日本帝国に春はきぬ〜♪韓国中国に冬はきぬ〜♪」なんてアリアを高々と歌いあげる…、なんて、想像するだに恐ろしい。
 そんな設定で爆笑ヒットをとるとは、やはりメル・ブルックス(メルヴィン・カミンスキー!)はただものではない。